宇垣さんによる入魂の一冊
山﨑 佳代子著『そこから青い闇がささやき』
宇垣さん:河出書房新社から1650円で2003年に発売された本。
長らく手に入りづらかったが、この度8月に筑摩書房より文庫化し手に入りやすい。。800円。実質タダですな。
(※ この度刊行された文庫版はタイトルが『そこから青い闇がささやき:ベオグラード、戦争と言葉』になっている模様)
宇多丸さん:どう言う本なんでしょうか?
宇垣さん:私は大学時代に民族紛争を研究。特にユーゴスラビアを勉強し、現地にも赴いた。ザグレブやベオグラードなど。
NATO空爆、国連の経済制裁により苦しい生活を余儀なくされた市民達の苦しい日々が綴られた作品。
著者は1956年生まれの日本の詩人・翻訳家・エッセイストの山﨑佳代子さん。
静岡県出身で大学でロシア文学を専攻、卒業後はサラエボ大学に留学。
1981年からセルビアのベオグラードで生活。旦那さんもユーゴスラビアの研究者の方。
日本の外務省から「帰ってきた方が良いのでは?」と何度言われても、余りにも長くその地に住んでいるため、「“皆”を置いて帰る」という選択肢がとれなかったというくらい現地に根を張っている方。
そんな状況下でどんな生活が営まれていたのかが書かれている。
私がユーゴスラビアの勉強を始めたのは『戦争広告代理店』という本を読んだのがキッカケ。
宇多丸さん:ああ!ありました!
宇垣さん:それまではニュースを観て「これはセルビアが悪いんだ」と思っていたけど、「そんなことなかったんだ!」と衝撃を受けたのが始まり。
その当時「セルビアが悪い。クロアチアは可哀想」という感じだったと思うが、それは大国の事情。
更に国連による経済制裁を課され、NATOから空爆もされ……という。
実際に空爆の跡地も見に行った。
ただのマンションなどが、今でも穴の空いたまま放置されている。何故なら、直す方がお金がかかるから。
だから今でもそこを通ると内臓をえぐり取られたような建物が沢山放置されている。
宇多丸さん:壊すのは一瞬っていうかね……
宇垣さん:それを見る度、「でもここに住んでいた人がいたんだよな」と思う。
宇多丸さん:宇垣さんが行ったのは何年ですか?
宇垣さん:2013年か2014年。大学四年生の頃。
宇多丸さん:その頃でもそんな状態なんだ……
宇垣さん:ビックリしてしまって言葉が出なかった。学生たちは全員その(セルビア紛争を)勉強していたのに、「無理」になっちゃったと言うくらい
宇多丸さん:知識として知っていたけど実際には……
宇垣さん:何を勉強してきたんだろう。行かなきゃやっぱり分からないな、と感じたことを覚えている
本書にはそこで実際どんな生活があったのかということが書かれている。
山﨑さんは詩人なので、市民の言葉にならない悲鳴のようなものを、丁寧に選び抜かれた言葉で、淡々と抑えた筆致で書いている。
だからこそ、ものすごく辛い状況なのに、読めちゃう。で、染みてくる。
戦火の中でも人々の生活は続いていく。セルビアの自然は美しく、季節はこの様に移り変わっていく。
隣人との何気ないやりとり。「あなた今日も生きていたの良かったね。会えて良かったわ」。
「今日も空爆はあるのかしら。何故世界は私達のことを憎むのかしら。あなたは私達のこと好き?」とスーパーマーケットのレジの人に言われて、「勿論好きですとも。だから心配しないで」と筆者は日本人の代表として答える。そんなやり取りも描かれていたり。
それだけで胸が一杯になる。
名もなき人々の、なかなか掬い上げられることのない部分を拾って、物語にして伝える。
確かにその人達がいた。確かにその人達の生活がそこにはあったのに、ということを丁寧に教えてくれる。
1991年。私が生まれた頃の話なのに、現在でもビビットに刺さる。それは勿論今ロシアがウクライナの一部を勝手に併合して自国の州にしようとしているというタイミングだからこそ刺さる部分もある。
筆者が言葉をとても大切にする方だから、ということもあると思うが、内戦についてこう書いている。
「右と左、侵略者と犠牲者、加害者と被害者そして、敵と味方。
区別はやがて差別となっていった。差別は更に生と死を分けていく。人の命を奪うのは銃でもナイフでもない。言葉だった」
宇多丸さん:うん……
宇垣さん:やっぱりこれは勝手に大国によって名付けられたものによって生まれたものである、って言うのが凄く……
宇垣さん:モザイク状に人が住んでいたのに、そこを民族や宗教で分けることなんて無理だったのに、焚きつけられたものによって隣人同士が、そんなつもりもなく争わなければならなかったということが書かれている。
後書きに書かれた部分。
「言葉に力が潜むのは、人と人を繋げることができるからだと思う。ここにも人が生きているよ、と暗闇から光を放つこと。
それが言葉を発することの一番目の意味だった。
絶望から私達を救う言葉があるのだ。この冬国名が変更。セルビアモンテネグロとなり、ユーゴスラビアは世界地図から消えた。だが、私達は在り続ける。」
やっぱり言葉の力を凄く信じている人で、言葉によって生まれた戦争だけど、それによって失われたものは言葉で繋いでいく。
文庫版刊行にあてて書かれた後書きもある。
「同じ経験をした者として言葉にするもの、言葉にしないものを凄く大事にしたい」と書いてある。
また、解説は池澤夏樹さん。そんなこともあり、是非読んで欲しい本。
「いよいよ暗い時代となったが、良き言葉を人々が食べ物のように分け合うことが出来たら良い」なんて素敵な言葉だろう。こんな言葉が沢山詰まっている。
読むと「何て素敵な言葉遣いなの」と思う部分と、「何て大変な現実なの」というのが交互に刺さる。
とても染み入る作品。
宇多丸さん:最初の話に戻るけど、宇垣さんをはじめ、とても勉強されてきた学生さんが知識としては日本人としてかなり知っている状態で現地に行っているにもかかわらずそう感じたんですね
宇垣さん:現地の方達を見て、見た目も自分達と「一緒じゃん」と感じた。大学の先生は現地の言葉も話せる方だったが、「一方では「セルビア訛り」って言われるし、もう一方では「クロアチア訛り」って言われるんだよ」と仰っていた。それくらい両国の言語も似通っていた。
その人達を分けるのなんて難しい。何故それが可能だと思ったのか、と疑問に思った。
「まだ終わっていない」とも思った。
宇多丸さん:「言葉」は抑圧にも使われるけど、同時にその言葉で生身の、しかも日本語話者の方がまさにそこにいて、「詩的表現」という一番繊細な表現が出来る方がいたからこその作品でもあるだろうし
宇垣さん:詩人の力ってそういうことなんだな。繊細なところを掬い上げる力が一番ビビッドな方なんだなと感じた。
宇多丸さん:自分がいた場所で、自分だからことを出来ることをやった結果出来た本と言うことですね
宇垣さん:それが普遍的なことがとても悲しいけれど、いまだに響いてしまう。何故なら今も同じ状況があるから。
本が生まれた2004年にも戦争があったし、今もある。何て悲しい生き物と思いながら、文字の力を信じていきたいと思う
宇多丸さん:このタイミングでの復刊は今必要だから、と言うことがあるのかもしれないですね
この本全然知らなかったです。
宇垣さんならではの選書ですね。
僕も『戦争広告代理店』と言う本は読みましたけど、それがキッカケになっていたんですね
宇垣さん:中学か高校の読書感想文の課題図書だったんですよね。この本が興味深すぎて。
ニュースの見方が変わった。
ここに来る、テレビ局で働くという道を辿る一歩目だったのかなと思う。
今回の放送を聴いていて印象的だったのは「言葉に力が潜むのは、人と人を繋げることができるからだと思う。ここにも人が生きているよ、と暗闇から光を放つこと。
それが言葉を発することの一番目の意味だった。」という部分。
11/15の「秋の推薦図書月間」で、柚木 麻子さんの手で『わたしのペンは鳥の翼』(アフガニスタンの女性作家たち 著/古屋美登里 訳)』が紹介されたとき、宇垣さんは「”貴女たちがそこにいること、知ってるよ”って、読むことで言える気がする。」と言っていた。
山崎さんの言葉と宇垣さんが11/15の放送で語った言葉は通底しているのではないかと感じた。
宇垣さん:「貴女たちがそこにいること、知ってるよ」って読むことで言える気がする。
11/15(火)アトロク秋の推薦図書月間2022⑧ 柚木 麻子さん - 映文計
宇多丸×宇垣美里のアトロク火曜日!
— アフター6ジャンクション(聴くカルチャー番組) (@after6junction) November 29, 2022
宇垣さんの推薦図書は、
山崎佳代子 著 『そこから青い闇がささやき』https://t.co/UVzKOvu98g#山崎佳代子#宇垣美里 #utamaru pic.twitter.com/qIjzFMk1jO
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