映文計

映画と文房具と時計、好きなものから1文字ずつもらって「映文計」。映画のことを中心に日々綴っていきます。

11/29(火)アトロク秋の推薦図書月間2022⑲ 岸本 佐知子さん

翻訳家の岸本 佐知子さんによる入魂の一冊

 

宇多丸さん:翻訳された本を読んでいるのでもっとお会いしていると思っていたら一年振りなんですね。

(※本エントリ末尾に去年の推薦図書月間で岸本さんが出演されたときのエントリを引用したが、昨年は篠原梨菜さんが代打パートナーを務めていた回だった)

 

宇垣さんによる岸本さんの紹介

主な翻訳書 ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』、ミランダ・ジュライ『最初の悪い男』、レベッカ・グリーンの絵本『おばけと友だちになる方法』、ショーン・タン『いぬ』などがあります。

 

最近の仕事では柴田 元幸さんとの共訳『アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』が今年刊行。

エッセイストとしても知られ、『ねにもつタイプ』、『なんらかの事情』、『死ぬまでに行きたい海』などがあります。

 

 

 

岸本さんの入魂の一冊

世界一、いや、宇宙一面白い!と、勝手に私が太鼓判を押す傑作エッセイ集

赤染晶子 著 『じゃむパンの日』

 

宇多丸さん:岸本さんのその太鼓判だったら間違いない!

 

宇垣さんによる概要紹介

日常を描いていながら、想像が羽ばたき、 ことばで世界を様変わりさせていく。 ここに生きている人たちがいとおしくて、読んでいると、 ふしぎと気持ちがあたたかくなる。

2010年に『乙女の密告』で芥川賞を受賞。2017年、急性肺炎によって亡くなった小説家赤染晶子による初のエッセイ集。岸本佐知子さんとの「交換日記」を含むエッセイ55篇を収録。

パームブックスより12/1発売。

 

宇多丸さん:まずパームブックさん。新しく始めた

 

岸本さん:そうなんですよ。大手出版社で編集者をされていた女史が独立して出版社を初めて、その記念すべき第一号がこの『じゃむパンの日』

 

宇多丸さん:第一号ということもあって装丁がめちゃくちゃ可愛い

 

宇垣さん:か〜わ〜い〜

 

宇多丸さん:「本を手に取られたきっかけ」という質問があるんですが岸本さん関わられていますもんね。中の人ですもんね

 

岸本さん:たまたま年ですが中の人。交換日記をしていました

 

宇多丸さん:赤染さんとの交流のきっかけは?

 

岸本さん:赤染さんの書くエッセイが滅茶滅茶面白くて、「赤染さん面白い〜」とずっと言っていたら「書簡集でもやりませんか」と言われた。

しかし「交換日記の方が乙女っぽくて良い」という話になり、実際に『新潮』という雑誌で実現した。

 

宇多丸さん:赤染さんは芥川賞を取る小説家ですが、エッセイが絶品なんですね

 

岸本さん:絶品ですね。

 

宇多丸さん:赤染さんのエッセイのどこがいろんな文章を描かれる岸本さんに響いたんですか?

 

岸本さん:全人類読んでほしいと思っていて、やっとこうして一冊にまとまったので今回全人類に知らせに来た。

エッセイだからどう面白いと言語化するのは難しいが、無理やり言語化すると……

赤染さんは京都在住の方。日常の一コマや家族のことを淡々と綴っているが、語り口や間、リズムが独特。

途中でいきなりドライブがかかって妄想が止まらなくなったりするが読み終わると懐かしいような不思議な読み心地・余韻が残る。

「味」と一緒で言語化が難しいが、客観的に数値で言うと

 

宇多丸さん・宇垣さん:数値?!

 

岸本さん:私もエッセイ的なものを書いているが、私の面白さを「1」とすると赤染さんのものは大凡千億・万億万倍くらい

 

宇垣さん:そんな笑 数値になってないよ笑

 

宇多丸さん:参考にならないですよ!岸本さんのエッセイだって面白いんだから!

 

岸本さん:概算ですけどね?

 

宇多丸さん:僕も読んでいて、日常エッセイのはずなんんだけど、「これはどこまでが本当?」と現実から乖離していく。しかしそれが一回りして現実に帰ってくる

 

岸本さん:そう!「トン」と現実に着地しているんですけど、「なんかその現実、前の現実と違う気がする」みたいな。

軽く異世界に連れていかれるような読み心地が素晴らしい。

 

宇多丸さん:しかも人をベートーヴェンなど見立て一発で見え方を、世界を丸ごと変えちゃうような魅力がある方で、変わった文を書く人だなぁと思った

 

宇垣さん:読んでいてすごく岸本さんと似たマインドを持つ方だなぁと感じた。「いつの間にか私地面から足が離れているのだが」みたいなところが似ていて。

また、時々挟まれる関西弁による浮遊感もある。言葉が急に異国の、関西の言葉になることによって「どこに飛んだんだっけ?」と感じるところが面白い。

 

宇多丸さん:エッセイの味は言語化が難しいと言うことで数値化してくださいましたが、味には「試食」というのもございますので、お気に入りポイントをピックアップしていただければ

 

推しの一文


「書道ガール」の最初の数行

「私の母は子どもの頃からずっと書道をしている。50年以上も書道をしていると、一番多く書くのは自分の名前である。紙の左に必ず自分の名前を書く。これでは偏りがあるので母は練習のために人の名前を書く。色んな人の名前を書くが、最も多いのが村上弘明だ。好きなのである。「お父さんよりも好き」と言っている。母は自分の名前の次に村上弘明の名前を多く書いている」

 

宇多丸さん:これ凄い笑

 

宇垣さん:全文このノリですもんね

 

岸本さん:これが最初ですからね

 

宇多丸さん:読んでいく内に「村上弘明」がゲシュタルト崩壊してきて

 

宇垣さん:そう!「何の話だっけ」って

 

岸本さん:出てくるお母さんやおじいさんもいちいちおかしい。
お母さん、赤染さんが血を吐いて入院したときに「ベレー帽買いに行かなアカンねん」と言って帰ってしまったり

 

宇垣さん:なんてこと無く書くんですよね

 

宇多丸さん:読んでいて「ん?ん?」となる。
読み終わるとタイトルだけで笑ってしまう。

 

「ビキニデビュー」

「子どもの頃、保育園が嫌いだった。特に夏のプールの時間が嫌いだった。わたしには変なあだ名がついていた。「金太郎さん」。私は保育園に通っていた頃、金太郎の腹掛けをしていた。昔話の金太郎がしている、あの腹掛けである。昭和50年代の話である。既にアポロ13号が月に行き、大阪で万博が行われた。昭和50年代というのはその後の時代である。そんなものを着けていたのは私一人だった。保育園で他の園児は皆木綿のシャツを着ていた。金太郎の腹掛けを見て、他の園児も先生も驚く。思わず私に言ってしまうのだ。「金太郎さん」。」

 

宇多丸さん:これもうさぁ……本当?!笑

 

宇垣さん:ちょっと変わったご家族ですよね

 

宇多丸さん:一つ一つの文章は短いながらもリズムが良い。宇垣さんの文章にも通じる

 

表題作「じゃむパンの日」


「私の勤務先のビルには、幾つかのテナントが入っている。1階には資格教室がある。いつもオープン前から生徒さん達が待っている。たまにそこのスタッフと間違われて、「あの、まだですか?」と聞かれる。「あ、私違います」という。エレベーターの前を通ると、中から5階の建設会社の作業員達が声をかける。「姉ちゃん乗って行きい」。一旦遠慮してから乗る。一人が言う。「寒いから儲かるやろ。ワシも風邪引いたかもしれんねん」同じ階の委員の看護師と思われている。「違います」と百回以上言っている。事務室のドアを開けると「いらっしゃいませ」と張り切った係長に客と間違えられる。「何やアンタか」と言われる。オープンの時間まで大分ある。そろそろ覚えて欲しい。窓口に座ればお客さんに言われる。「お前インド人やろ」。「違います」と言う。その人が帰った後係長が言う。「気にしたらアカンで」」

 

宇多丸さん:赤染さんはどういう風に見える人なの?

 

宇垣さん:もうね、おかしいって

 

宇多丸さん:読んでいて「ん?ん?」となった

 

宇垣さん:不条理コント見ているみたいな

 

宇多丸さん:そうそう。「エッセイ集って書いてあったよな?」って
ものの見方が常に面白いんでしょうね

 

岸本さん:登場人物皆関西人だから関西弁がね

 

宇多丸さん:良い意味で皆雑なのよ。世の中のバッファの取り方がね

 

「安全運転」


自動車教習所に通い始めたが、その教習所にはネコが沢山いる。教習コースにもネコがいる。数えたら18匹ほどのネコがいた。
「「シッ!」窓を開けずに教官が言う。ネコはノソノソと退く。私が「シッ!」と言ってもネコはちっとも退かない。私は教官を尊敬する。密かにこの教官をネコ使いと呼ぶ。ネコ使いの教官も凄いが、ネコも凄い。ネコは何でも出来る。坂道発進も出来る。私は坂道の途中でモタモタする。途中で手順を忘れてしまう。坂道の途中で私は考える。何をどうするのだったか一生懸命思い出す。その隣をネコはスタスタ歩いていく。教官が言う。「ほれ見てみ。ネコさんは上手に坂道発進しはるのう」本当だ。私は感心する。ネコは右折も上手い。教官が言う。「右折!」何故か私は左折する。代わりにネコが右折する。とても上手に右折する。「何でやねん!」教官は怒る。」

 

宇垣さん:ずっとこのノリなんですよね

 

岸本さん:これが初めて読んだ赤染さんのエッセイで、射貫かれました

 

宇多丸さん:これだけすっとぼけているのに、ずっと真顔なんですよ

 

宇垣さん:そう!

 

岸本さん:面白エッセイって「面白いだろう?」って言う感じがするけど、これはない

 

岸本さんとの交換日記より抜粋。

 

宇垣さん:交換日記も、岸本さん悪いよ?笑

 

岸本さん:最後赤染さんに「ふざけるな」と叱られてるんです

 

「交換日記というのは何だか懐かしいですね。私も小学校から高校の時にやっていました。交換日記でつい書いてしまうけど、書かない方が良い話題。それは恋でした。「交換日記ハンター」なる男の子達がいて、日記を勝手に読まれるからです。ちなみに私は宝塚歌劇の『ベルサイユのばら』のアンドレが大好きでした。アンドレは主人公オスカルの恋人です。ハンターに見つかったら恥ずかしいだけでなくややこしいので、交換日記にアンドレのことを書くときは伏せ字を使っていました。「ヒント:フランス人」と伏せ字の近くに注釈を入れたりしていました。「オスカルが好きなん?」と友人が間違えると、「それは私のライバルやんか!」と本気で怒っていました。ちょっと頭の悪い子供でした」

 

宇多丸さん:このくだりに対する岸本さんの回答もなかなか大概な……

 

宇垣さん:この二人が真顔でどんどんボケ倒すから、どこまでも行くみたいな

 

岸本さん:全人類、全宇宙読んで欲しい

 

岸本さんが本文を引用するたびに宇多丸さん・宇垣さんから笑いが溢れていて、引用された部分以外にどんな面白ポイントが眠っているのか非常に興味がわいた。

読んでみたい一冊。

 

 

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