映文計

映画と文房具と時計、好きなものから1文字ずつもらって「映文計」。映画のことを中心に日々綴っていきます。

気になる日本語「栄える」

先日、とある伝統工芸企業の紹介文を取引先に依頼した。
成果物の初稿を校閲していた際、気になった表現があったので紹介したい。

 

※特定を避けるために、実際に従事している産業から変えて文章を示す※
「刃物制作以前は生活用品生産で"栄えていた"企業」
気になったのはこの"栄える"という言葉の使い方についてだ。

 

先方には以下のようなメールを送った。

"栄える"は「文明が栄える」、「世の中に悪が栄えた例はない」のような形で「大きなものが隆盛を極める」というイメージがあり、「市・町・村が栄えた」なら違和感がないのですが一企業に対して用いるのは違和感があります
(あくまで私の言語感覚では、という話ですが)。

 

メール送信後、「"企業が栄える"という言い方も無しではないのかも?」と思えてきた僕は、いつも日本語表現のメルマガを購読している発信者の方に「ありかなしか」についてメールで質問してみたのだった。

 

私の言語感覚では、例えば後世の人類学者が日本の産業史を振り返った時、「〇〇年頃に××酒造は栄えた」というのは多少違和感があります。
しかし、「〇〇年頃にトヨタグループは栄えた」と言われるとある程度違和感なく受け止めることができます。

このことから私は"栄える"に対し、以下のような認識があると分かりました。
①単独企業に対して用いるには違和感がある
②「村・町」、「企業グループ」など、ある種の文化的同一性を持った集団に対して用いることには違和感がない

〇〇様の感覚では、単一の企業に対して「栄える」という表現を用いることに違和感はございませんでしょうか。

私個人の言語感覚によるものなのか、他者からの同意を得られるものなのかをお聞きしたく連絡いたしました。

ご意見をお聞かせいただけましたら幸いです。

 

その方からの回答は要約すると以下のとおり。


「ありかなしかで言えば「あり」。伝統産業の企業ということなので、該当の企業が明治期や江戸期から続く企業であれば「栄えた」という表現を用いても良いと思う。ただし、自分が原稿を書く場合は別の表現を用いるだろう。例えば……」
そして、「言語感覚はどこまでも個人によるもの。読み手の知識や経験、過去に読んできたものによる影響が大きい。個人の感覚に頼るよりも過去の出版物でどう扱われてきたかを探るのが適切な表現を探る意味で大切」ということで、以前このブログでも紹介した小納言という日本語コーパスを紹介いただいた。

 

eibunkeicinemafreak.hateblo.jp

 

何を隠そう、以前ブログで少納言を紹介したのはこの方のメルマガでこのサービスが紹介されていたからなのだ。

早速少納言を使って検索をかけてみると、「栄える」という言葉とセットで登場するのは文化、文明、村・町・港といった地域、部族、氏族……などであり、僕の考える「文化的同一性を持った集団に対して用いる」という考えは間違っていないと確認することができた。


また、メルマガ発行者の方の言う「明治期や江戸期からある企業なら」という感覚も僕はすごく同意できるし、僕もメールする前からそれは感じていた。ただし、この企業、大凡100年企業なんだよな……
100年というタイムスパンは、僕にとって文化的同一性を醸成するに足る年月じゃないのよ。


創業年は元号にしたら大正なので、大正と聞くと少し「タイムスパン長いな」と心が揺らぐけど。

 

やっぱりこの辺りの自分自身の揺らぎは「言語感覚は個人的なもの」と言うにふさわしい点なんだなと思うけれども。

 

いや~でも一企業に対して「栄える」はやっぱちょっと違和感あるな。

はい、頑固者です。